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【レポート】東日本大震災15年 トークセッションで絆を実感しました

おしらせ

東日本大震災から15年を迎えた2026年3月15日に長崎シビックホールで、当時ボランティアとして支援活動に取り組んだ方々によるトークセッションを開きました。これは、被災者支援を知り、語り合い、これからに活かそうとながさき若者会議Conneこんね~長崎の語り部から学ぶ会~と共に企画したものです。会場では災害時の市民生活の様子を写した写真パネル展も開催しています。

このトークセッションには、災害支援に゙関心がある市民30人程が参加。中には南島原市や諫早市から来た方、ボランティア活動をしている高校生も来てくれました。

ゲストトークでは、支援活動を行った一ノ瀬恵介さん、岩本諭さん、森恭佑さん、そしてオンラインで仙台市の3.11オモイデアーカイブの佐藤正実さんが登壇。3.11オモイデアーカイブさんは写真パネルを作ったり市民による震災の記憶を残す活動をしています。

一ノ瀬さんは、被災地に支援物資を送り、帰りに風評被害にあった宮城の県産品を長崎で販売して経済的に支援をしようと取り組んだ活動を通し、モノを集めたり運ぶのに知り合いに相談して実施てきたことから、「人のつながりが大切と感じた」と話されました。

「6,000人分のカステラを届けることができたのも、人のつながりのおかげ」と語る一ノ瀬さん

続いて当時、長崎大学の大学生だった岩本諭さんは、友達が震災翌日の2011年3月12日に支援団体を立ち上げそれに参加。長崎で募金活動を行い200万円を集め、日赤に寄付したこと、また震災から半年ほどたった9月に宮城県石巻市に支援に行った際、被災者の話を聞く傾聴ボランティアを頼まれて、本当に自分たちで良かったのか不安に思ったことなどを話してくれました。

自分が支援に行って迷惑じゃないのか?と悩んだという岩本さん(写真左)

岩本さんと同じ長崎大学に震災から数年後に入学した森恭佑さんは、支援活動に関心を持ちながらも細かいことが気になって、場の雰囲気を壊してしまったことに悩んでいたと言います。きちんとした支援をしないと被災者に対して失礼になるのでは?と。そんな中で被災者からの優しい声掛けに救われたとも。

当時の葛藤と被災者からの優しについて語る森さん(写真中央)

会場からは宮城県気仙沼市で支援した方や、誕生日が3.11で震災以後、しばらく祝う気になれなかったという方もいてそれぞれに震災に向き合ったことをみんなで共有しました。

平和活動をしている高校生からはオモイデアーカイブの佐藤さんに「オモイデというと私は楽しいことを想像するが、辛いことをオモイデという言葉にした意味は?」といった質問も。佐藤さんは「被災した方が、復旧・復興へ変わっていく中で、ひどい過去の被害状も『懐かしい』と言って驚いた。被災者にとっては街そのものがオモイデと思った」と話してくれました。

トークセッションはあっという間に終わり、最後は会場である長崎シビックホールを設置するメットライフ生命保険株式会社長崎本社と同ホールを管理運営するNPO法人インフィーニティーから寄贈された災害時非常食を皆で試食しました。

初めて食べて「思ったより美味しい」「パサパサしているから水が必要なものもある」「肉じゃがはそのままでも十分美味しいが温かいともっと美味しい」といった感想が寄せられました。

この中から1つ試食した非常食

アンケートでは「若い方々がボランティアで支援に取り組んでいることに力強さを感じた」「当時、東北で被災しました。長崎で震災がどう見られているか知ることができて感謝します」「想いと熱量でつながることの大切さを感じた」いった声が寄せられました。

東日本大震災から15年

震災のキヲクを伝えるキロクの写真パネル展は3月22日正午まで開催しています。入場無料なのでぜひご来場ください。

会場:長崎シビックホール(長崎市常盤町1-1)長崎県美術館近く

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